interview_003 空気と反応する表札

86400"が販売する商品の中には、オーダーメイドから生まれた「生活の道具」があります。
その商品がどのような生活に基づいて生まれたのか、クライアントへのインタビューを通じて探ります。

自分を見つけていく中で出合った場所

都電荒川線の宮ノ前駅から徒歩3分、荒川区西尾久の住宅街に、空気と反応する表札をオーダーした川合夫妻(輝幸さん、理江さん)が運営する『ARAKAWA ii VILLAGE』はある。道の駅をテーマにした複合施設で、ギフトショップ、インテリアショップ、アトリエ、カフェを備えている。

「荒川区には小さな町工場がたくさんあって、ここも以前は鉛筆工場だったんです。荒川区の町工場は、ほとんどが下請け工場。搾取されるのが当たり前になっている作家さんや職人さんたちがつくる地場産品をご自身のブランドとして商品化し、展示や販売をする場所として、この『ARAKAWA ii VILLAGE』を利用してもらえればいいなと思っています」

川合夫妻は『ARAKAWA ii VILLAGE』をオープンする前から、ECサイトでギフト商品やインテリア商品を販売。オンラインでは得にくい、地域や人とのつながりを求めて、実店舗を持つことにしたのだ。たくさんの人が往来する一等地に店を構えることもできたが、それがおふたりのやりたいことではなかった。笑顔で『ARAKAWA ii VILLAGE』の紹介をしてくれる理江さん。どこまで意識的に使ったのかはわからないが、「搾取」という強い言葉から、確かな意思を感じた。

「店舗用の物件を探していたときに、この場所を見て、自分たちの中でカチッとハマった気がしました。2020年にはこの近くに大きな公園ができるんですが、いろんな人が気軽に立ち寄ってくれることで、自分たちの考えがかき混ぜられて、ここは『店』ではなくて『場所』になる。利益をたくさん出して、税金をたくさん納めて、事業を成長していくことが正義だという考え方には以前から違和感を覚えていたのですが、ここなら、地域に貢献しながら、自分たちの生計を立てることができるかもしれない。それが自分のやりたいことなんだと思ったんです」

コンセプトが先にあったのではなく、店舗を構える場所を探している中で、『ARAKAWA ii VILLAGE』のコンセプトが決まった。理江さんの中には常にいろいろな感覚があって、その感覚に合う方法や生活を見つけ、その感覚に合うキーワードを当てはめていく。そうやって、自分の進むべき道や自分らしさを確かめているのかもしれない。

ちなみに、ここまでの内容はほとんど理江さんが話してくれたもので、輝幸さんはそれをやさしく見守っていた。

写真は言葉よりも意思を伝える

86400"のオーダーメイドには2種類ある。86400"が商品として開発した『時間道具』をカスタマイズするオーダーメイドと、元になる商品もなく、ゼロからつくるオーダーメイド。川合夫妻がオーダーした表札は、前者にあたる。86400"主催の表札をつくるワークショップの開催告知を見て、『ARAKAWA ii VILLAGE』の運営会社である川合企画の表札をオーダーしたのだ。

「ネットニュースで86400''のワークショップの開催告知を目にしたとき、掲載されていた写真に惹かれました。それで詳しく内容を見てみると、同じ荒川区で活動していることを知り、86400''に表札を依頼しようと思いました。いろんな作家さんやお店がSNSやWebサイトに商品の写真を載せていますが、写真を見るだけで、自分たちに合う合わないがわかるんです」

川合夫妻が写真を通して感じ取っているのは、商品そのものの良さというより、つくり手や売り手の考え方。自分たち自身が商品を取り扱う側だからこそ、よりそういうところに意識が向くのかもしれない。今回も86400''の表札というよりは、86400''自体に魅力を感じたそうだ。

「オーダーしたときに伝えたのは、真鍮の色味が好みだということ、会社のロゴを入れること、表札を掲げる場所のことぐらいです。あとはお任せしたんですが、提案書と設計図を拝見して、きちんと考えてくれたことがわかったので、そのまま制作をお願いしました」

以前あった鉛筆工場の四角い表札を掲げたままにしているため、その対比になるようにと、86400''が円形の表札を提案したことも嬉しかったそうだ。インタビュー中、川合夫妻がずっと86400''のことを褒めるので、あえてダメなところを聞いてみたのだが、何も出てこなかった。しかし、それではつまらない。だから、設計図を用意したのは、建築を学んでいる彼らなら当たり前のことであって、評価を上げることでも特筆すべきことでもないということはお伝えしておこう。

「私たちのギフトショップでは、新宿や渋谷のおしゃれなお店にあるものではなく、自分の足で探して見つけてきたものや一点ものを中心に扱いたいと思っています。そのほうが、お客さまが商品に出合ったときの喜びが大きい。自分の販売している商品を、お客さまにも良いと思ってもらえることが、私は嬉しいんです。逆に言えば、それくらい商品に対しての愛情がないと、販売する側として失礼だと思っています」

商品に対する思い入れを大切にする川合夫妻。一方、86400''の山本さんは以前、オーダーメイドには、つくり手のアイデアや発想が商品に反映されている必要があると言っていた。売り手やつくり手が何を考え、どういう思いで商品に向き合っているのかを重視するという点で一致する両者。理江さんがワークショップの開催告知の写真から直感的に抱いていた86400''への好意のようなものは、そこから生まれていたのだ。そして、「失礼」という言葉にもまた、確かな意思を感じた。

おふたりのことをもっと知りたくなったので、嫌いなタイプの人を聞いてみた。こういうときに嫌いなタイプを聞きたくなるタイプの人間なのだ。

「誰かが成果が出たり、成功したりしたという話を聞いて『いいなぁ、ずるい』っていう人は好きじゃないです」

理江さんは即答してくれた。もう嫌いな理由など聞くまでもなく、同意できる。1時間はこの話題で盛り上がれる自信がある。その一方、輝幸さんからは答えがなく、好きなタイプの人についても聞いてみたが、答えがなかった。人に接する際に、好き嫌いという気持ちをあまり持たず、フラットな状態を心掛けているのだそうだ。だからなのかもしれないが、輝幸さんは少し掴みどころのないように感じた。しかし、経営者としては、常に物事を客観的に捉えようとすることは大切なことだ。

86400''への共感が商品への共感に

空気と反応する表札は、その名の通り、外気や雨にさらされる中で経年変化していく。そのまま手入れをせずに変化を楽しむこともできるが、磨いて綺麗にすることもできる。石材や木材でつくった表札に比べて、圧倒的に手がかかることは間違いない。

「表札を掲げてからまだそれほど経っていませんが、もう愛着が湧いています。一度磨いてみたら、その磨いている時間も楽しかったですし、磨いたら綺麗にはなったんですが、やっぱり新品のときとは色が違っているんです」

86400''が自社開発する『時間道具』は、時間をテーマしている。理江さんが感じた経年変化の楽しさは、まさにその主旨そのものだ。もしかしたら、それを理解した上で、86400''に気を遣って言ったのではないかと邪推してしまったが、嘘をついている顔ではなかった。

「磨いていると、表札が変化してきた時間を感じるというよりも、その時間の中で出会ったお客様やお店で起きた出来事など、いろいろあったことを思い出すことができる。それを含めて、愛着が湧いてくるんだと思います」

これは輝幸さんが話してくれたことだ。やっぱり86400''に気を遣っているのかと疑りたくなるが、この発言は読み物としてライティングしたもので、実際にはもっと言葉に詰まりながら、自分の気持ちを一つひとつ説明してくれていた。だから、やはり嘘ではないのだと思う。しかし、それでも手間がかかることや経年変化に対してネガティブな気持ちを少しは抱いていてもおかしくないので、もう少し話を聞いてみた。

「もちろん経年変化をしていない、新しいものは綺麗ですよ。でも、女子高生の美しさとおばあちゃんの美しさは違うじゃないですか」

言いたいことはわかる。けど、女子高生のほうがいいと思ってしまったので、素直にそう言った。

「でしょうね!」

理江さんは笑って、そう返してくれた。

時代を反映する表札の価値

『ARAKAWA ii VILLAGE』では、86400''の表札を販売している。いわゆる取り扱い店舗だ。しかし、川合企画のように会社用の表札は別として、一般家庭でも表札をつくろうと思う人はどれくらいいるのだろうか。特にマンションでは、表札を掲げていない人は多く、ポストにも名前を書いていない。

「防犯意識から、表札のない家が増えているみたいです。でも、ちゃんとした表札を掲げている人って、ちゃんと生きている感じがするんですよね。逃げも隠れもしないぞって」

表札がある家は、そこに家としての実態があるような印象を受ける。この話を聞いて、中学のころに英語の授業で、家を意味するhouseとhomeの違いについて先生が言っていた説明を思い出した。houseが建物としての家を指す言葉なのに対して、homeはそこに住む家族の存在を含めた家を指す言葉。つまり、表札のない家がhouseで、表札のある家がhomeということだ。喩えとしては適切かどうか定かではないが、こんなところで、英語の知識を使うことができた。授業は真面目に聞いておくものだ。

「この表札は、金属を腐蝕させて、文字を浮かび上がらせているのですが、一般的な表札に比べると、文字が読みにくい。防犯面で言うと、これはメリットだと思います」

ご両親が住まれている実家用にアルファベット表記で表札をつくりたいという、お客様からの声があったそうだ。表札はあってしかるべきと思っているご年配の方はまだ多く、心配だからと言って、意に反して表札を外させるのは違う。それなら、この空気と反応する表札を親にあげようと考えるのは、理に適っている。

「私も、この表札をプレゼントするなら両親です。どこにでもあるような表札ではないから、こだわりが強そうに見える。悪徳業者から見たら、そういう家って狙いにくいと思うんですよ。学生時代、周りの友だちは変な勧誘をされていたのに、私には全然そういうのがなくて。こだわりが強そうで、話しかけると面倒くさいことになるに思ったんでしょうね」

確かにそうかもしれない。自分自身のことを振り返ってみても、そういう怪しげな勧誘をされたことがない。実際に面倒な人間だと自覚しているので、声をかけなかった人たちの嗅覚を褒めたいと思う。それにしても、この表札が防犯に役立つという発想はなかった。

今回のインタビューで面白いと感じたことは、この表札のメリットが、時代の空気を反映して見出されるということ。そして、キャラクターの異なる夫婦が、どういう生活をしたいかという気持ちや感覚においてはぴたりと一致し、寄り添って生活しているということだ。

それぞれ異なる個性を持った川合夫妻が互いに、また、この場所を訪れる人たちとも反応しながら、これから『ARAKAWA ii VILLAGE』は変化していく。そんな場所に掲げられた表札も、ここに集う人たちがつくる空気と反応しながら変化していくのだろう。それを楽しみにしたいと思う。

(取材・文:八割計画 北田)

商品はこちら

Scroll to top